Amatsukawa Watching Records 第0回リアクション 担当:さくら 学校の会談   暑い夏の一日が、今日も暮れようとしていた。  差し込んでくる西日で、室内は黄色く明るい。あらゆるものの影が長く伸びて、三人の男女を取り囲んでいた。 「そう言えば……聞きましたか、あの噂」  長身の男がぽつりとつぶやいて、二人の同僚を代わる代わる見やる。 「また噂ですか」  いかにも嫌そうに応えたのは髪を一つにくくった女の方で、残る一人の若い男はピュイッと短く口笛を吹いた。 「……陸田先生、そういう不真面目な態度はやめてください。生徒たちに示しがつきません」  人差し指でメガネを押し上げながら、女が若い男――陸田に言う。 「ええ〜、別に不真面目じゃないっすよ自分。心外だなぁ。てゆーか空木先生がおカタすぎるんでしょ。ねー、海原先生?」 「え、いやあのそれは……」  陸田から同意を求められるも、うかつに答えれば長身の男――海原の立場が悪くなるのは必至。だらだらとこめかみを流れる汗は暑さのせいばかりとは言えない。けれどもそれらのすべてをフンと軽く流して結果的に海原を救ったのは、他ならぬおカタい女――空木だった。 「くだらないわ。そんなことより、海原先生の言うその噂とはどんな内容なんです? 生徒たちに悪影響を及ぼすようなもの?」 「あっれ〜、空木先生は知らないんだ。へーほーふーん」  陸田の茶々を受け、空木の額に青筋が浮かぶ。けれどもそれは一瞬のこと。空木は静かな微笑みを顔に貼りつけ、抑揚のない声で陸田に答えた。 「ええ知りませんとも。申し訳ありませんけれどご存じなら私に教えてくださいませんか陸田先生?」  ほとんど息継ぎもせず棒読みしてのけた空木に、なぜか海原の体感気温は3度ほど下がった。 「あのっ、説明なら私が! だってほら、言い出したのは私ですから!」  言うに言われぬ衝動に駆られて思わず名乗り出た海原であったが、無言の空木が放つプレッシャーに危うく「やっぱりやめます」と言いそうになる。なんとか踏みとどまってはみたものの、さてどこから話したものかと口ごもった。 「ええと、噂自体はたわいのないものなんですよ。ニセモノがどうとかっていう」 「ニセモノ? なんのニセモノなんですか?」  空木の問いに、海原がふいっと視線を外して「うー」とか「あー」とか意味のないつぶやきをもらす。それを数回繰り返してから、ようやく小さな声で答えた。 「……………………私たち、です」  思いがけない海原の言葉に、空木の反応は一拍遅れた。 「――――は?」  自分たちが、ニセモノ?  不意を突かれた驚きは、やがて怒りに変わった。 「どういうことです! 私たちが教師ではないとでも?! まさか教員免許の真偽を疑われているんですか?! 学歴詐称?!」 「おお、すげー。そーゆー発想はなかったなぁ」  ぱちぱちと間延びした拍手をしながら陸田が言う。空木がキッとにらんでも意に介さず言葉を続けた。 「噂の原文……てか、原文と思われる要点はこうですよ空木先生。いわく『先生たちの中にニセモノがいる』。自分たちの誰かがニセモノだってゆーんですねー。はっはっはー」  なかなか面白いと笑う陸田に、空木は憤慨し、海原は弱りきった顔を向けた。口を開いたのは空木だった。 「ずいぶんと余裕ですね陸田先生。生徒たちから疑われているというのに。こんなかたちで教師としての信頼を奪われるなんて、理不尽だと思わないんですか!」 「えー、だって自分、ニセモノじゃないですし」  だから関係ないっす。あまりにもシンプルな陸田の答えに呆然とした空木は、やがてはっと気づいて声をあげた。 「わ、私だってニセモノじゃありません! もちろん!」 「あそー。それじゃあさ」  空木と陸田の視線を受けて驚いた海原も、あわててぷるぷると首を振る。 「ちっ、違います違います。私もニセモノじゃありません」  ……………………三人の間に、なんとも形容しようのない沈黙がおりた。 「なぁんだ、やっぱただの噂かー」  そう言って、陸田はちらりと空木を見やった。 「そ、そうね。根も葉もないくだらない噂だわ」  そう言って、空木はさり気なく海原から視線を外した。 「気にするほどのことはなかったんですね……お騒がせしてすみません」  そう言って、海原は申し訳なさそうに陸田を盗み見た。  あれほど室内を満たしていた西日もいつしか薄れ、代わりに夕闇が辺りを支配していた。海原が立ち上がり、壁にあるスイッチを押して蛍光灯を点ける。そして二人の同僚に声をかけた。 「ところで、一つ、お願いがあるんですが……」  かたん、と軽い音を立てて着席し、両手の指を組んで話し始める。 「ウチの生徒たちから、夏休みが終わる前に一度、お楽しみ会をやりたいと頼まれましてね……」  企画内容は「校内肝試し大会」と「校庭バーベキュー夕食会」だという。 「その、校舎内と校庭の使用許可と、男子寮女子寮ともに夜間外出許可をですね……」  しどろもどろに訴える海原を見て、陸田と空木は大きなため息をついた。 「海原先生ってば、あいかわらず激甘っすね〜。先生んトコの生徒ってことは二年生でしょ」 「またそんな、生徒のいいなりになって。二年生にも困ったものだわ。担任教師をなんだと思っているのかしら」 「え、え、え。だ、ダメ……でしたか……?」  がくりと肩を落とす海原を見るまでもなく、生徒たちの勢いに押されて彼が安請け合いをした(させられた)だろうことは想像に難くない。陸田と空木は、もう一度大きなため息をついた。 「どうせもう、許可をもらうと約束してしまったのでしょう。仕方ありませんね」 「今回だけっすよー。ははっ、二年生だけ一足早く学校に戻ってくるわけか。またにぎやかになるなぁ」  夏休みの最後に級友との思い出を刻む。そのための特別扱いなら許してもいいだろうと理由づけて、男女それぞれの寮監である陸田と空木はうなずいてみせた。この程度のことでわざわざ担任教師のメンツをつぶすこともあるまい。ぱっと海原の表情が明るくなる。 「ありがとうございます! みんな喜びます! やあ、さっそく知らせないと!」 「ちょっとはしゃぎすぎですよ海原先生。生徒じゃあるまいし、落ち着いてください」 「こりゃ、今日はもう打ち合わせにならないっすねぇ。お開きにしますか」  かたんかたんと木の床を鳴らして、三人は席を立った。手にはノートやらバインダーやらを抱え、手分けして施錠と消灯を確認する。  薄暗い廊下を昇降口に向かって歩きながら、誰かが「準備と後片付けはもちろん二年生がやるんですよ」と言った。 行動指針1)夏はやっぱり校内肝試し大会でしょう! 行動指針2)夏はなんたってバーベキューで決まり! 【マスターより】  ほとんどの皆さま、初めまして、こんにちは。  本作のマスターを務めさせていただきます、さくらと申します。どうぞよろしくお願いいたします。  もしかしたら一部にいるかもしれない方々、お久しぶりです。具体的に言うと6年ぶりです。とうとう、二度目の同人PBMを開始することになりました。今作もよろしくお願いいたします。  実を言いますと、当サークル「あまつが」が同人PBMを運営するのは今回が二度目になります。たった二度目です。しかも前作の終了から6年もの歳月を経ているわけで。  いろんな意味で、行き届かない面もあるでしょう。前作と同じマスタリングというわけにもいかないでしょう。それでも。  同人PBMを再び始めたかった気持ちは止められませんでした。  今の自分にできる精一杯のマスタリングで応えたいと思っています。  …………前作同人PBMが終了した後に、当サークルが発行していた「PBMマスタリング講座」なる本は、本作をプレイするうえでは参考になりません。と思います。あしからず。てゆーか忘れてください……。いやその、今の自分にできる精一杯のマスタリングで応えたいと思っております、はい。  えー、さて。本作は学園ものです。ファンタジー世界だった前作とは何の関係もございません。  クラスメートたちと繰り広げる学校内での出来事を、のほほん路線で書いていく予定です。  基本的には、1ターン=ゲーム内の1か月です。8月から始まって3月まで。全8ターン完結です。  特に、今回の第1ターンは皆さんのPCが初めてAWRの世界に登場するわけですから、顔見世興行のような一編にできるといいなと考えています。ふるってご参加ください。  そうそう、大事なことをお伝えしなければ。この学校に制服は、あります。  夏服はシンプルに開襟シャツ、男子はズボン(黒or灰)、女子はスカート(紺)。冬服は男子学ラン、女子セーラー服。ですが、とりあえず第1ターンは夏休み中なので私服です。新学期が始まってからも、寮内では私服風景になると思われます。  最後に。お忙しい中、挿絵を描いてくださいましたO.K.Mさんに心からの感謝を捧げます。ありがとうございました。  というわけで。どうにかこうにかゲームは始まりました。  楽しんでご参加いただけるよう、お読みいただけるよう、全力を尽くしてがんばりますので、どうぞよろしくお願いいたします。  あなたが素敵な高校生活を送れますように。